『飼い犬』みたいな自分のままで、ほんとうに幸せですか?!

親の決めた進路を何の疑いもなく進む子供(と言っても成人)
上司の決めた取り組みを忠実にこなそうと努力する部下
会社の方針を仕方ないもんねと受け入れすぐに諦める管理職

真面目で忠実で従順。純粋に周囲の期待に応えたいと思って一生懸命やっている。

「いい子ね」と言われ続けて育ってきた。そうあるべきと思っているし、期待に背くことは気持ちが悪い。社会に出てからも「あなただから任せるのよ」「やっぱりあなたしかいないから」と言われる”期待に応える人材”じゃないと意味がないと思ってる。誰かの意見や考えを押しのけてまで自分の気持ちを通すことなんて考えたこともない。そんなのただのわがままじゃないか…

って、本気で思っている大人、わりといるんですよね。

いやむしろ、わたし自身がその張本人だったから、なんも言えないんだけれども。

自分がLoseでいることに何の疑問も感じない人たち

自分がそうだったから言うわけじゃないけれど、間違ってるんじゃありません。期待に応えるとか、素直に受け入れるとかって大事です。とくに何か新しいことをはじめたばかりとか、それまでと異なるフィールドで挑戦しているときなどは素直さが必要だし、周囲が何を求めているのかを知りそれに応えるというのはビジネスの基本でもある。

怖いのは、他人の言いなりになっている、良いように使われ自分をコントロールされている状態に気づいていない、ということ。知らない間に「こうしたい」「こうなりたい」といった自分の欲求や感情を抑え込むクセがついていて、うっかり何の疑問も感じないという点なんです。

特に組織とか、親とか、会社とか。

期待に応えようとするには、自分の中にある小さな「やりたい」を諦めないといけないこともあります。でも疑問を感じていない人はそれを自動的にまるっとスルーして「周囲に応えるために…期待に応えるために…」って脳が暗示をかけている。その暗示は常に「そうしなければいけない」「従わなければいけない」「守らなければいけない」といった”べき思考”を生み出す。そしてさも『これは自分もやりたいことなんだ』って言い聞かせるようになって、そもそも持っていた小さな「やりたい」はいつの間にかどこへやら…ってなっている。

これをコントロールと呼ばずして何と言うのでしょう?
飼われている犬と似ている。いや、それどころか飼い殺しに遭っている。

「誰かの期待に応えることや誰かの言いなりになることこそが自分のやりたいこと」だと勘違いしてしまっている。それは「コントロールしたい」と考えている相手のせいでもあるけれど、「”他人にコントロールされよう”と自分をコントロールしている」自分のせいでもあるんじゃないかなぁ。

飼う飼われるのではなく、対等な関係へ

対等なWin-Winの関係を望みながら、常に自分がLose、相手がWinになるよう、自分自身でコントロールしているとは言えないだろうか、ということです。

それはわがままとは全く違うものだけど、うまいことコントロールされている人は主張をすることや気持ちを表現することをわがままだと思い込んでいます。

いつもわがままを言っているように見える人、周りにいませんか?そういう人を見て時々イライラしたりするでしょう?ホントはそういう自己主張のできる人を「羨ましい」と感じている自分もどこかにいるはずなのに…

たまには枠から抜け出して主張してみたっていいじゃないですか。

面と向かって相手に言えないのなら、せめて自分の素直な感情くらい受け止めてあげたい。「本当はこうしたかったのに」って。同時に、抑え込むのがクセになっているから自分ひとりでは素直な感情に気づけないってことも知らないと。

「やりたい」と思ったことを否定されたり「やっちゃいけない」と思い込まされたりすれば普通は悲しくなるし悔しいはず。相手に主張したかしないかは関係なく、頭と心の中で残念な気持ちになっているはず。

大人になってもそういう感情を無視していてはダメだし、「どうせわかってくれない」と諦める自動思考になるのはもっとダメ。経験者は語る。力説する。

思考の習慣を手放すには気づくことが必要で、
気づくには自分以外の誰かの力が必要。
そのために、相談できる仲間がいるわけで、相談できる場所があるわけで。

もっとじゃんじゃん使って欲しいなぁ、たとえばわたしとか。
自分も相手も尊重するコミュニケーションの取り方や、考え方のクセの修正とか、一緒に考えられますよ。

 

ABOUTこの記事をかいた人

キャリアカウンセラー 大野乃梨子

通称はイトウ(旧姓)/ノリさん。ほんとうの自分を知ること、人間関係や仕事の問題解決に向けた考え方、キャリアビジョンの描き方、ビジョンに向けた課題の取り組み方などに特化した記事を書いています。わたし自身もメンタル不調を患って以来20年、自分と向き合うことや人との関わりを長年考え続け、学び続けている最中です。自分をちゃんと理解し、それをわかってもらう喜びが人を動かす。それが「自分らしく生きる」ことだと思っています。